八百長とは?過去にあった八百長事件まとめ

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日馬富士の貴ノ岩への暴行事件で、

相撲人気は再び冷え込んできた

ように感じます。

一時期相撲人気が冷え込んでいたのは、

八百長事件があったからです。

この八百長ですが、

その起源はどこに由来するのでしょうか。

今回は、八百長の由来とともに、八百長騒動になった出来事について紹介したいと思います。

八百長とは?

八百長という漢字から、おそらくその由来が想像できるのではないでしょうか。

そうです。八百長の由来と、八百屋とは関係あるのです。八百屋の長兵衛というひとのあだ名が、八百長だったのです。

この八百長という人物、大相撲の伊勢ノ海親方と知り合いで、よく囲碁を指していたそうです。

そして、伊勢ノ海親方の顔色をうかがうために、八百長さんはわざと負けていたみたいですね。これだけ見ても、この相撲の親方と八百屋の主人との関係が見えてきて面白いです。

ところが、この八百長と本因坊秀元という囲碁の家元が対局することになりました。八百長が善戦してしまったために、この男の実力が明らかになったのです。

まさか相撲の親方と、囲碁の実力者が同じ実力であるわけありません。八百長さんがお情けで行なっていた行為にならって、八百長と呼ばれるようになりました。

八百長の起源が、相撲と関係あるというのは皮肉ですね。

過去の八百長事件まとめ(野球編)

約50年前に黒い霧事件というのが起きました。

西武ライオンズの前身をご存知ですか。

西鉄ライオンズという、福岡を本拠地とした球団でした。そのチームの永易将之という投手八百長をしているのではないのかと疑われました。

疑ったのは、西鉄球団でした。永易は球団に問い詰められ、謝ったそうです。

ところが、この情報がどこからか漏れてしまったのか、新聞や週刊誌で取り沙汰されるようになったのです。事態は収集困難なまでに、拡大していきました。

結局、西鉄の選手だけでなく多くの選手が関わっていることが明らかになり、永久追放になってしまった選手もいました。永久追放された代表的な選手は、池永正明投手です。

西鉄球団はこの事件で大打撃を受け、身売りしてしまいました。また、名誉回復運動などもありましたが、永久追放が解除されてはいません。

過去の八百長事件まとめ(相撲編)

八百長の噂自体は、古くからあります。

しかし、実際に八百長であったと認定されている例は数少ないです。証拠がないからです

1972年に、琴櫻(当時大関)と前の山(大関)との取り組みで、あっさり琴櫻が負けるというシーンがありました。

前の山は負け越すと大関から陥落するという状況でした。相撲協会はこれを「無気力相撲」と認定し、2人を呼び出して厳重注意しました。前の山は次の日から休場し、結局大関から陥落してしまいました。

「八百長」ではなく「無気力」と表現しているところが面白いところです。アイツが可哀想だからか、力が入らなかったんだということです。八百長とは絶対に言いません。

ところが、2011年の大騒動となった八百長事件は、無気力相撲ではなく、まさに八百長を仕組んでいることがメールによって明らかにされてしまいました。

週刊誌などで、古くは元十両の四季の花や元小結の板井が告発していますが、クロと断定する証拠は不十分でした。

ところが、メールが出てきたことで大相撲は大いに揺れました。野球賭博事件で警察が押収した力士の携帯電話のメールから発覚したそうです。

除名されるもの、停止処分されるものがいましたが、この事件のために1場所行わなくなるというのは前代未聞でした。

まとめ

八百長事件は噂レベルのものを含めると多くあります。

しかし、証拠が揃っているものはそんなにありません。証拠がはっきりしない、証言という不確かなものに頼らざるをえないのが、八百長事件の特徴でしょう。

その意味で、2011年の八百長事件は衝撃的であり、八百長は本当に存在するのだとはっきり示した出来事でしょう。

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